Appendix; My Teacher / 付録; 私の先生

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 やっと「私の先生」を見つけた。私の名前は斉藤アナ。22才。
 先生は、天才肌の人。世間的には、東京から地方の小都市に引っ込んだ無名の隠遁者、って感じ。でもその世界では知る人ぞ知るで、有名な人。私は生意気だったせいもあるけど、22才の今日まで心から尊敬できる男に出会っていない。だから淋しかった。私が出会った男たちはみな底が浅い。勉強してない。アイデアが乏しい。すぐ降参する。私は尊敬できる男でないとダメなの。燃えないの。やる気にならないの。この先生の下なら私の研究も再開できると確信したわ。大学での専攻は「ダンス&デザイン」。ダンスとデザインの両方をやっている学生は少ない。私のように二つを結びつける学生はもっと少ない。東京の大学で私を担当する先生たちには全員失望した。彼らは二つの領域の関連も、重要性もわからない。それなのに彼らは「先端領域学部」の教授だって。信じられない。私はAIやその他の「先端」をやって世界をリードしているアメリカのMITやその他の世界の大学を沢山調べたけど、今では「ダンス&デザイン」はその「先端」の一つに入っている。「身体性が極度に低下したわれわれの時代に、彗星のように登場した救世主」という評価だ。呆れるわね。日本は遅れてるって本当ね。最近は日本から突出した成果が出ないって言われているけど、当然ね。でも私には確信があるの。この二つの領域を関連づけてうまく発展させると、世界が待望する新しい世界構築を始められる。私はそう信じている。身体性が豊かじゃないと人間の生活はつまらない。情報関連だけ発展してもダメなの。人類は滅びる。AIもその滅びに加担する。今の世界が50年後には崩壊している可能性は高いので、急いだ方がいい。

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 私はこの研究を先行してやっている先生に内弟子にしてもらった。それで親も説得して東京の大学を退学し、京都の通信制大学に移った。通信だから大学に行かなくていい。毎日先生の家にいられる。先生は憧れの的。先生は「ダンス&デザイン」分野で希少価値を持つ専門家だ。先生の本やアップしているHPを隅から隅まで詳しくチェックしたけど、間違いない。凄い人。見た事がない人。内弟子になって大成功。というか、最初は断られたけど、5回も先生の家に押しかけて最後はそのまま居座ったの。「帰るところがありません」って。先生は独身で一人住まい。ほとんど世捨て人。事前に調べた。最初は迷惑そうな顔だったけど、今では感謝されている。私の事も好きになったって。私は勿論先生が大好き。それで、しばらくしてから、何と私は、朝は先生のお母さん、昼は先生の弟子、夜は先生の奥さん。それ以外に適当な時間に先生のモデル。4つの役割。すごく忙しい。素敵でしょ? 4つもよ。先生はもう76才だからセックスは1週間に1度がやっとだけど、でも先生の好奇心は旺盛。女好きなの。私は先生の為にいろんな女の演技をして、いろんなポーズを取るの。先生は少しロリコンだし、特に私の胸や背中を撮るのが好き。先生は写真家もやってるから。楽しいって。作品に使うのよ。先生が年よりずっと若く見える理由も私にはわかる。毎日ダンスでからだを動かしているし、よく食べてよく寝るし、性も含めた体内のホルモン代謝が人よりずっと活発なのよ。

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 でも先生はほとんど一文無し。収入ゼロ。この数年はずっとそうだったって。よく生きてこれたわね? 先生はお金にも評判にもまるで無頓着。先生の仕事は高く売れるはず。でも興味ないって。「忘れられた人になってもいいんですか?」って聞いたら、ちっとも構わないって。「MITにも呼ばれて有名になれるのに?」とも聞いたけど、いま有名になっても大した事にならないって。私は先生がMITや海外の有名大学から教えに来ないかって招待されていたのを知っている。でも行かなかった。要するにスケールが違うのよ。先生は何か別の事を考えている。でも今までどうやって生活して来たのかしら? 田舎とはいえ、200坪の土地に建つこの大きな日本建築の家は? 何部屋もある。維持費もかかる。毎日に必要なお金は? 謎だらけ。先生に聞いたら「貯金がまだ少し残っています」との事。いくらあるのかしら? 大丈夫? 先生は私から授業料も取らないし。

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 1年が過ぎて私も信頼されたんだと思う。先生が改まって相談があるって言うの。もしかしたら私に結婚の申し込み? 期待したけど違った。数年後に始める大きな計画をつくったので私に手伝って欲しいって。それを見せてくれた。「ダンス&デザイン」のコンセプトによる新しいタイプの美術館。えっ、美術館? 私、美術館大好き。「こども + ダンス + デザイン + 宇宙」の4部門で構成される。これを世界中に沢山つくる計画。これで世界を変えたいって言ってた。先生はいろんな国で仕事をして来たからネットワークが残っているらしい。若い時に国連でも仕事をしたのでその関係もあるらしい。私は飛び上がって喜んだ。何て素敵なの! やっぱり先生は天才だ! 私はこんな計画はまるで思いつかない。誰だってこんな美術館は思いつかない。でも私が「予算はどうするんですか?」と聞いたら、「それが君の仕事です」と言われた。「はぁ?」って思ったけど、先生らしい。私に投資家を見つけて欲しいみたい。でも私はプロデューサーじゃないし、どうしよう?

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 私は高校2年の時にやった援助交際を思い出した。部活で忙しくなって半年で辞めたけど、やり方を工夫すれば稼げる。私は自分の裸が男を誘う魅力を持っている事を知っている。巷には若くていい女とやりたい男たちが溢れている。私はまだ23才。お風呂の鏡で見ても私はキレイだと思う。美人で可愛いと思うし、胸もお尻もセクシーで、肌は柔らかくて真っ白だ。充分に行ける。それで超高級クラブに勤めたの。最初の日の面接で私の裸をチェックした中年の男の担当者は「君は、久々の掘り出しモノ」と褒めてくれた。確かに私は「モノ」で、商品なのだ。私はこの仕事が特に好きではないけど、商品として通用する限りやればいい。ここはものすごく会費が高い会員制クラブで、客は商社・銀行・政治関係の大物で大金持ちばかり。クラブには金が溢れている。私は週に3日・夜3時間働き、最後に別の部屋で客一人と遊ぶ。クラブの査定で私は「トップ3の女」にランクづけされている。私と遊ぶのはとても高い。それで、私にはひと月600万円が入る。まずまずね。私は税金を納め、専用の通帳をつくり、先生と私の毎月の生活費30万円を残して全部貯金した。先生も私も贅沢はしないのでこれで充分。田舎だから生活費は安い。1年で6,600万円、2年で1億3,200万円が貯まる。美術館の開設準備室を1年間運営するにはこれで充分だと思う。あとはこの準備室を運営しながら本格的に投資家を探せばいい。先生との毎日の生活はその後も順調に続いていたけど、2年後。私は先生に「あの、2年前のお話しですけど、準備ができました」と報告した。先生は「そうか。有難う。ではメンバー集めを始めましょう」と単純に喜んでくれた。ウキウキしている。子供みたい。可愛い。

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 先生にはクラブ勤めの事は話していた。先生に言っておかないと心配する。先生の家とクラブの間は車で1時間。クラブは金持ちなのでタダで私の送迎をしてくれる。私はお酒は少ししか飲まないから酔わない。夜はどんなに遅くなっても必ず深夜3時には家に帰った。先生は夢遊病の兆候も出て来て心配だったから。先生は時々朝方に夢遊病で家を出ていくのよ。危ない。私がそれを止めたり連れて帰ったりする必要がある。それに朝は必ず8時に起こさないといけないの。先生は寝坊だ。自分では起きれない。朝食後の10時から夕方まで、毎日結構ハードなダンスとデザインのレッスンが始まる。毎回外部から生徒と特別講師が合わせて10人ほど参加する。勿論先生も参加する。スタジオだけではなく近くの海や山にも車で撮影を兼ねたレッスンに行くので、準備は大変。準備担当は全部私。車は私がパトロンの一人からもらった最新のミニ・カーと生徒の車。合わせて3~4台。運転は私と生徒たち。海外からの生徒とゲストが参加する時もある。午後4時にレッスンはお終い。皆も帰り、先生も私も個室に籠り、自分の研究を始める。大学に提出する研究論文の他に、私は最近先生の援助で私の最初の本を出版する準備もしている。何と、私の本が出るなんて! 夢みたい。この本の準備がやたらと楽しい。今の世界で私の関連分野でどんな研究がされているのか、歴史も含めて詳しく調べている。不肖私の研究もまだ誰もやってないみたい。「君の研究は私にも理解できない。完璧な独創です」。先生がそう言って私を誉めてくれる。そして先生は私の研究に口は出さない。「好きなようにやりなさい」だって。先生に支配欲はない。最高の先生ね。

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 私の大学の親友の一人は私の事を心配して「大丈夫? 騙されないようにね。男にはいつだって注意しないとダメよ」と言ってくれる。でもその心配はご無用。だと思う。私は男の欲望の基本を理解しているつもりなので、対策を忘れた事はない。夕食後、私がクラブに出勤しない夜はスタジオで私のモデルの仕事がある。衣装も使うけど、ほとんどは裸。私は先生が私を見る様子を詳しく観察している。先生が興奮している時、そうでもない時、その差はすぐわかる。撮影の仕方に違いが出るから。だから私は先生が興奮するように工夫する。先生は私に夢中だ。息遣いに現れる。本当はそんな事はしていないけど、私に先生以外の恋人がいるかも知れないという気配を常に漂わせている。嫉妬は昔から恋人の自分に対する執着心を増幅させる万能薬だ。先生が私に嫉妬するように、訳もなくうつろな目をしてみたり、ちょっとした事でエロい声を出してみたり、不必要に肌を出して腰をくねらせてみたり、私が他の男とやっている淫らな姿を連想させる。クラブで私のパトロンになりたがる男が多い事も嬉しそうに話す。先生は顔には出さないけど、嫉妬しているのがわかる。

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 でも、私が希望を持っているのは、先生の関心が徐々に生身から人工に移っている点だ。先生は「これからは人工が焦点。人工の創造とそのリアル化が勝負です」と言っている。裸になって先生が興奮するポーズや雰囲気を工夫したり、嫉妬を煽る演技は好きだけど、疲れる。だから先生の関心が人工に移ってくれたら助かる。二人の基本の関係が、生々しい肉体的なものからもっと精神的なものに昇華されるかも知れない。私が自分の年齢の心配をする必要もなくなる。私が年を取るにつれ先生が私の裸に興奮しなくなって、私を別の若い女と取り換えるという心配。最悪。そんな悲しい事はない。想像もしたくない。先生と私が仕事上の協同者であるなら、私たちの関係は安泰でありたい。先生が計画する美術館にとって、館長として先生が必須である事は当然。先生も私が「ダンス&デザイン」を実践する稀有な若手で、私がいなければ「美術館をキーパーソンとして動かす者がいなくなる」と保証してくれている。私は先生が人を騙す人間ではない事を知っているので、安心している。昨日、先生は「実は、3年前、危なかった。君が押しかけてくれて助かった。ひどい鬱で自殺の手前にいたからです。君は、それ以来、私の心に住み、不動」と打明けてくれた。何と、私が待ちに待った「愛の告白」だ。初めて聞いた。嬉しい。先生にもそんな大変な時があったんだ。先生に出会ってから3年が経っている。先生は今79才。私は25才。54も違う。でも、ダンスで先生は若い動物に豹変するので油断すると私の方が年寄りみたい。先生は120才まで生きると豪語している。北斎には負けない、だって。頼もしいわね。あと41年もある。その時私は66才。すごーく楽しみ。私が「120才の後はどうするんですか?」と先生に聞いたら、「人工として宇宙の果てまで生きていく。一緒に行きましょう。計画は立ててあります」だって。これは人間が知らない未知の領域だ。先生の考えは面白い。どう、「私の先生」は素敵でしょ?

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