「b-デザインの研究」カテゴリーアーカイブ

Dialogue about Modern Science, Death, and Matter / 現代科学と死と物質についての対話

[1]

Why was a material born, and the universe was born? It has not been understood by anyone yet. “Subject that produces Material” remains a mystery. But our humans want to know it. If “Subject that produces Material” exists, it may be that this entity has created a multilayered physical world. The four-dimensional world in which we live is one of its multilayered physical worlds. So I think that the human’s brain generates consciousness as a physical phenomenon belonging to the four dimensional world but after consciousness of this brain consciousness can survive inside another brain of another world.

なぜ、物質が誕生し、宇宙が誕生したのか? そして、なぜ私たちはここに存在しているのか? それはまだ誰にもわかっていない。「物質を生む主体」は存在するのか、存在しないのか。当然、それも謎のままである。しかし人間はそれを知りたいのである。もし「物質を生む主体」が存在するとすれば、この主体が宇宙において多層な物理世界を誕生させているのかも知れない。私たちが生きる四次元世界は、その多層な物理世界のうちのひとつである。だから私は、人間の脳は四次元世界に属する物理現象として意識や心を生成しているが、この脳の死後、意識や心は別の世界の別の脳の内部に別の形態をとって存続する、と考えてみたい。

[2]

The state-of-the-art LHC in the mountains of Switzerland succeeded in detecting Higgs boson, which is supposed to be one of the particles that make up extra dimensions. From now, what kind of new particles will be detected in LHC, including elucidation of Dark Matter? And every time a new particle is detected, scientists are forced to abandon the space model that they had previously proposed as the true form of the universe and switch to a new model. People in general are left behind and will be swayed [C-50]. It cannot be said that the big bang theory, which has gained a great deal of trust, may be changed to “need to be corrected” one day.

2013年3月、スイスの山中にある最先端のCERN(欧州原子核研究機構)は、おそらくはヒッグス粒子の検出に成功したと発表した。今後、CERNでは、ダークマターの解明も含めて、どんな新しい粒子が検出されることになるのか。そして、新粒子が検出される度に、科学者たちはそれまでこれこそ宇宙の真の姿と提案していた宇宙モデルを捨て、新しいモデルに乗り換える必要に迫られる。一般の人びとはその度に置き去りにされ、振り回される。大きな信頼を集めているビッグバン理論も、或る日「修正が必要です」と変更される可能性がないとは言えない。

[3]

How to die together with the theme of how to live will become an especially important theme. It is Tibetan Buddhism that brings in the most strategic way to death. The Dalai Lama 14th said, “Where and how to be reborn after death depends on the power of Karma, but the state of mind at the moment of death also affects the quality of regeneration, the moment of death is the most profound and profitable It is also the time when an internal experience occurs, the process of death and death brings encounter between Tibetan Buddhism and modern science.”

いかに生きるかというテーマと共に、いかに死ぬかも特別に重要なテーマになっていく。死に対して最も戦略的な方法を持ち込んでいるのは、チベット仏教だ。ダライ・ラマ14世は、「死後どこに、いかにして生まれ変わってくるかはカルマの力によるが、死の瞬間の心の状態もまた再生の質に影響を与える。死の瞬間はもっとも深遠で有益な内的体験が生じる時でもある。死と死のプロセスは、チベット仏教と現代科学の間に出会いをもたらす」と述べていた。

[4]

About death, we can prepare a definite practical program for incarnation and declare that it is possible to talk with modern science. For contemporary people who are increasing fear of death, which is said to be a time when people don’t know how to die, apart from whether there is regeneration or circulation, it is wonderful that we can prepare such a program. It is a valuable precedent case for those who want to practice their own active death. The death is important, because “Death is the last creative design opportunity” left to the living one.

死について、転生のための明確な実践的プログラムを用意し、現代科学とも対話可能であると宣言していること。死に方がわからなくなった時代と言われ、死に対する恐怖を増大させている現代人にとって、再生や輪廻がチベット仏教が説くような形で存在するかどうかは別のテーマとして、このようなプログラムを用意できていること自体が素晴らしい。能動的な死に方を実践したいと考えている者たちには、貴重な先行事例である。死は重要であり、生きる者に残された「最後の創造的デザインのチャンス」だからである。

Parallel World / 並行宇宙

[1]

Lisa Randall, Theoretical physicist, describes the layer that constitutes the extra dimension as follows;

理論物理者のリサ・ランドールは余剰次元を構成するブレーンについて、次のように述べている;

   “One layer is parallel to our layer and may contain a parallel world. Even if there is an organism in another layer, the living thing is confined in a completely different environment, so it must be perceived totally different force with a totally different sensation. Our senses are coordinated to pick up scientific reactions, lights, and sounds surrounding us. In another layer, the fundamental force and particles should be different, so if there are creatures there, there is no point in common with our layer creatures. For some layer worlds, we may be able to find the signal.”(Lisa Randall “Warped Passages”)

   「あるブレーンは私たちのブレーンと平行になっていて、パラレルワールド(並行世界)を内包しているかも知れない。別のブレーンに生命体がいたとしても、その生き物は全く別の環境に閉じ込められているわけだから、全く違った力を全く違った感覚で感知しているに違いない。私たちの感覚は、私たちを取り巻く科学反応と、光と、音を拾うように調整されている。別のブレーンでは基本的な力と粒子が違うはずだから、そこに生き物がいたとしても、私たちのブレーンの生き物とは共通点がないだろう。いくつかのブレーンワールドについては、シグナルを発見できるかも知れない。」(リサ・ランドール『ワープする宇宙』) 

Modern medicine judges death by “Brain Death” and “Cardiac Arrest”. Because of “Brain Death”, consciousness also disappears because it is the brain that is generating consciousness. We believe that “Cardiac Arrest” completes death and begins body decay. Indeed, if anyone dies, they disappear in a matter of time before our eyes, leaving no traces of it. However, these are the understanding of the physical phenomena that make up the four-dimensional world where we live. Indeed, consciousness will disappear with the death of the brain. However, its extinction is the annihilation in our world, if there are other physical phenomena, it may continue to exist in a different form.

現代医学は、「脳死」と「心臓停止」により死を判断する。「脳死」により、意識を生成させているのは脳であるという理由から、意識も消滅すると考えている。「心臓停止」により、死は完成され、身体の腐敗も始まると考えている。実際、いかなる人たちも死ねば私たちの目の前からアッと言う間に消え去ってしまい、その痕跡はまったく残さない。しかし、これらは私たちが生きる四次元世界を構成する物理現象についての理解である。たしかに、意識は脳の死と共に消滅するだろう。しかし、その消滅は私たちの世界の中での消滅であり、リサ・ランドールも空想するような他の物理現象も存在するとすれば、まったく違った形式で一度成立した意識も存続を続けているかも知れない。

[2]

Atsushi Iriki, brain scientist, said about “Mind leaving the Body” like the below;

脳科学者・入来篤史は、「身体を離れた心」について以下のように述べていた;

   “In the near future world connected by the net, what happens to our “Self” leaving the body and floating into the electronic society? When the mind leaves the body, where does it go? Will human’s brain and mind with science technology and intelligence create new “Something” again?”(“Origin of Intelligence, Hand and Brain Mechanism to Create the Future” by Riken Brain Science Institute)

   「ネットでつながれた近未来世界では、身体を離れ、電子社会を浮遊する<自己>はどうなるのでしょうか? 心が身体を離れた時、それは一体どこへ向かうのでしょうか? 科学技術と知性をもった人間の脳と心は、また新たな<何か>を創造するのでしょうか?」(理化学研究所「知性の起源、未来をつくる手と脳のメカニズム」)

It is impossible to estimate “Mind leaving the Body” for an ordinary brain scientist who thinks that the mind occurs only in the body. But we can’t find any contradictions in his thought because he thinks that the mind occurs in the brain as a virtual existence. If his thought is right we are released from the big question of long-standing such as “how is the mind occurred as a physical entity in the brain?” Also, his thought gives great hints to the search of the mind in the surplus dimension.

「身体を離れた心」を想定することは「身体においてのみ心は発生する」と考える通常の脳科学者にとってはあり得ないが、「心は脳の中で仮想的存在として発生している」と考える入来にとっては、以上の記述に矛盾はない。まず、心が仮想の存在であるなら、私たちは長年にわたる「心は脳の中で物理的実体としていかに成立しているか」という大きな問いから解放される。次に、その効果は余剰次元における心の探索にも大きなヒントを与える。

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Why was a material born, and the universe was born? It has not been understood by anyone yet. “Subject that produces Material” remains a mystery. But our humans want to know it. If “Subject that produces Material” exists, it may be that this entity has created a multilayered physical world. The four-dimensional world in which we live is one of its multilayered physical worlds. So I think that the human’s brain generates consciousness as a physical phenomenon belonging to the four dimensional world but after consciousness of this brain consciousness can survive inside another brain of another world.

なぜ、物質が誕生し、宇宙が誕生したのか? そして、なぜ私たちはここに存在しているのか? それはまだ誰にもわかっていない。『物質を生む主体』は存在するのか、存在しないのか。当然、それも謎のままである。しかし人間はそれを知りたいのである。もし『物質を生む主体』が存在するとすれば、この主体が宇宙において多層な物理世界を誕生させているのかも知れない。私たちが生きる四次元世界は、その多層な物理世界のうちのひとつである。だから私は、人間の脳は四次元世界に属する物理現象として意識や心を生成しているが、この脳の死後、意識や心は別の世界の別の脳の内部に別の形態をとって存続する、と考えてみたい。

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The state-of-the-art LHC in the mountains of Switzerland succeeded in detecting Higgs boson, which is supposed to be one of the particles that make up surplus dimensions. From now, what kind of new particles will be detected in LHC, including elucidation of Dark Matter? And every time a new particle is detected, scientists are forced to abandon the space model that they had previously proposed as the true form of the universe and switch to a new model.

2013年3月、スイスの山中にある最先端のCERN(欧州原子核研究機構)は、おそらくは余剰次元を構成する粒子の一つとして想定されているヒッグス粒子の検出に成功したと発表した。今後、CERNでは、ダークマターの解明も含めて、どんな新しい粒子が検出されることになるのか。そして、新粒子が検出される度に、科学者たちもそれまでこれこそ宇宙の真の姿と提案していた宇宙モデルを捨て、新しいモデルに乗り換える必要に迫られるのである。

New Visions of Body, World, and Universe / 新しい身体観・世界観・宇宙観

[1]

宇宙の微小重力環境において、二人以上の人間が同じ空間に存在する場合には、脳は脳が存在する頭部を身体の「」と考えるため同一空間に複数の「上」が存在し、知覚上の混乱が生じる。そのため、他者との正常なコミュニケーションを望む場合には、何らかの姿勢支援ツールにより二人以上の人間の身体の向きを修正し、お互いが正面から対面できるように調整する必要がある。姿勢支援ツールによりこれまでにない特別な「姿勢」を構築できれば、両者の間に一般的な対話をこえたさらに親密なコミュニケーションを成立させることができるかも知れない。

また、長期の宇宙滞在者或いは宇宙永住者を対象とする場合には、脳の改造を含めた根本的な身体改造が計画される可能性がある。現在の人間の脳は、地上の重力環境における進化史のなかで形成された器官であり、床・壁・天井の区別のある空間で正常に機能する。しかし、微小重力環境において、床・壁・天井の区別のない空間に一定期間人間を滞在させるとどうなるか? 脳科学や心理学の観点からは、脳が眠り出すか発狂するかも知れないことが予想されているが、ここでは環境への適応原則や姿勢支援ツールの使用により、睡眠も発狂もせずに機能する新しい脳が誕生する可能性も考えられる。その場合には、同一空間に複数の「上」が存在しても、新しい脳が内部で情報を組み替えることで知覚上の混乱はなく、コミュニケーションもそれぞれバラバラな方向を向いたまま実現されることになる。

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こうして、微小重力環境における身体問題を考えるだけでも、姿勢支援ツールを含めた身体に直接の影響を与える人工物を宇宙にどのように持ち込むべきか、テクノロジーをどのような許容範囲で使用すべきか、その差が将来的に非常に大きくなることが予想されるため、それらの判断は進化の観点からもきわめて重要なものになる。 そして、その場合にも、短期宇宙滞在を目的とする宇宙旅行者が対象の場合と、長期の宇宙滞在者或いは宇宙永住者が対象の場合とでは、判断はおおきく別れることになる。さらに、後者の場合でも、どんな活動意図を想定しそのためにどんな身体デザインを構想するのかにより、必要なテクノロジーは異なってくる。

たとえば、われわれは、人間としていつまでも二手二足を維持したいのか? 四手の人間になってもいいのか? また、脳の改造も含め、身体改造も必要であれば何でも実行するのか。つまり、われわれは宇宙環境において、テクノロジーを身体に行使しない方向を選択するのか、或いは逆に有効と思われる一切のテクノロジーを行使するのか。自然か、人工か? これは、かつて地上において問われたように、宇宙環境においてもあらためて問われる非常に重要な問いになる。むろん、その選択は個々の人間の自由な判断に委ねるべきである。しかし、どちらの方法を選択するとしても、そこには明確な判断基準が求められることになる。

[3]

こうして、人類が宇宙開発を発展させ、しかも単なる地球文化の延長ではないあらたな宇宙文化の創造を志向する場合には、われわれはこれまで考えたこともないような奇妙な問題群に遭遇することになる。そこでは、まったく新しい身体観・世界観・宇宙観が求められることは明らかである。たとえば、現在のわれわれが地球的感覚をもって人類として二手二足を維持したいのか、四手の人間はどうかと問うてみても、質問自体のリアリティがわからない。しかし、宇宙開発の現場においては、椅子一つのデザインの決定が将来の身体形状の変化に影響を及ぼすのであれば、地上とは事情が大きく異なってくる。

このように、宇宙開発においては、それがどれほど荒唐無稽なテーマに見えようとも、現在の決定が人間の未来に影響を及ぼす可能性があるテーマの場合には、時期早尚として考える必要がないのではなく、まさに現在、人間の叡智を総動員して取り組むべきテーマであるということになる。たとえば、脳科学者・養老孟司の「脳の3倍化」のテーマも、われわれの地球的感覚では荒唐無稽であっても、宇宙においては先見の明に満ちた有力な提案として採用される可能性がある。奥野卓司(関西学院大学教授)は『人間・動物・機械』(角川oneテーマ21 2002年)において、このような可能性にも触れながら、「脳が何らかのインターフェースを使って、仮に人工脳とでも言うべきものに置き換えられたとき、そこで考えられたことはその人間の思考と言えるのだろうか?」と述べている。

脳と人工脳の関係が現在のわれわれには理解できない以上、われわれは奥野の問いに答えることができない。何を言われているか自体を理解できないからである。しかし、問題なのは、理解できないにも関わらず、つまりわれわれのリアリティをもっては対応できない事態であるにもかかわらず、技術は先行して人工脳をつくりだすであろうということである。これがわれわれが体験した歴史上の技術の本質であり、地上においては技術は人間を待っていてはくれなかった。しかし、だからこそ、宇宙においては同様の目に会わないために、技術に先行されない状態を、人間の生存の意図と技術が調和的に機能し合う状態をつくりだしていく必要があるのである。或いは、どんな技術が登場しても、それに後追いではない能動的な対処の仕方を用意しておく必要があるのである。

Why the humans chose the bipedalism? / ヒトはなぜ二足歩行を選択したのか?

[1]

動物の脳と人間の脳を比較した場合、何らかの根本的な変化が起きているのだろうか? サカナから両生類へ、両生類からサルへ、サルから人間へという、生物の進化の歴史をふりかえって見ると、それぞれの生物にはその生物の生存にとって必要な固有な「姿勢」というものがあり、人間にも人間として存在し生活する為に必要な二足歩行を基本とする「姿勢」とそれに基づく生活文化があることがわかる。人間の場合、二足歩行により前足が解放されて「」になり、垂直に立つことから「」が活性化されて肥大し、過剰になった脳のエネルギーが「手」に伝えられて手仕事から「道具」を生み出し、そこから「言語」が生まれ、道具と言語の使用により「文化」を築きはじめた、と言われている。確かに、人間にとって二足歩行とは、重力との格闘の果てに獲得した貴重な財産であり、生物の進化史においては奇蹟に近い「姿勢」の実現だったのである。

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こうして、生物の進化の段階を決定しているのはこのような意味での「姿勢」であると言え、「姿勢」は生物の生存の仕方を特徴づける基本的要因の一つであると言える。そして、われわれは、二足歩行という人間の「姿勢」も不変のものではなく、環境の変化によって変化する空間の関数であると考え、人間はいま情報化社会のなかにあって、或いはまた生命科学やロボット工学によるあらたな人工身体の創造とあらたな宇宙時代を迎えるにあたって、環境の大きな変化に直面しており、その為それらに対応するあらたな「姿勢」の創造とその表現を求められている、と考えている。

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生物の進化史を「姿勢の進化史」として捉え直すわれわれの観点からは、最初の両生類、つまり最初に地上に登場した魚として有名なイクティオステガや、肺魚、および最後の魚と考えられているユーステノプテロンが特に興味深い。ユーステノプテロンは川底にあって、急流に流されまいとして耐えるために胸ビレを砂地に入れていたそうで、そこから胸ビレが鍛えられ前足に変化したそうである。そして、イクティオステガはさらにこれらの足に関節を獲得することで歩行を可能にする4本足を獲得し、陸上生活を可能にするための肺呼吸を獲得したそうである。川から地面に最初の一歩を記録したイクティオステガの経験とは、どのようなものだったのか? 

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また、コミュニケーションの視点からは人間にもっとも近いサルと言われるボノボの場合、腰にそれまでのサルにはない2本の筋を獲得することで、二足歩行をさらに洗練させたそうである。ボノボは、サルの仲間でもコミュニケーションにもっとも積極的な種であると言われ、つねに他のボノボと身体的接触を行い、前足にモノを持ち、それを恋人に運ぶための一番有利な「姿勢」として二足歩行をより完全なものにしたと言われている。二足歩行の恐怖、或いは至福にふるえるボノボや最初の人間の経験とは、どのようなものだったのか?